
<目次>
第1章 患者志向アウトカムとADPKD
第2章 ADPKD発症進展の分子構造
第3章 ADPKDに伴う多臓器障害
第4章 利尿薬としてのV2Rアンタゴニストの臨床患者志向アウトカムとADPKD
第1章 患者志向アウトカムとADPKD
板橋中央総合病院腎臓内科 塚本雄介(腎臓ネット代表)
朝の回診で回っていくと、横紋筋融解症からAKIを来した80代の男性患者が不満そうに答えている。レジデントはCPKが正常化しクレアチニンも以前の値に復しており、もうゴールでいつでも退院できるとプレゼンしている。しかし男性は、全く良くなっていない、と主張する。と言うのは、彼としての入院している理由は腰痛だからである。実は圧迫骨折を起こし、その結果動けなくなって横紋筋融解症になっていたのである。すなわち、この患者にとってのアウトカムとは腰痛が改善して動けるようになることであった。
このように医師が改善を目標とするアウトカムと患者のそれとは往々にして乖離することがある。それはRCTにとっても同じである。RCTで採用されてきたアウトカムの最たるものは死亡率であるが、患者にとって「生きるか?死ぬか?」と言うアウトカム指標はどうなのだろうか?最近になってやっと患者中心アウトカム(Patient-centered outcome)の改善を目標とする臨床研究の必要性が叫ばれるようになった[1]。
国際腎臓病ガイドライン組織であるKDIGOでは設立した2004年当初から、患者の参加を目指していた。特にそのことが強調され、患者自身によるワークグループが機能したのが、2014年にスコットランドのエジンバラで開かれたADPKDに関するコントロバーシーカンファレンスである[2]。ここでは、初めての診断時の問題、家族計画の是非、小児のスクリーニング、患者教育と生活様式の改善、運動とスポーツ、精神的ケアー、経済的負担、どのようなサポートを提供すべきか、ADPKDに専門的なケアーを提供できるセンターの必要性などが討議され提案された。
一方、患者中心アウトカムの指標の選定やその方法論は未だ確立されていない。以前より使用されている指標はQOLやADLに関するものであるが、それらの方法にしても統一されていないし、男女、年齢によって大きく異なるはずである。20代の患者と50代の患者では、自ずから改善されたと考える指標は異なるはずである。またこれら多くは患者の主観に頼らざるを得ない。となると、プラセボ効果をどのように評価すべきだろう。私はプラセボ効果も大事な治療効果と考えている。患者に不安を抱かせない医師の態度は重要なアウトカムを左右する因子である。当院の透析室では透析中にフィジカルなリハビリを行なっている。InBodyで筋肉量を測定しても有意に増加していないにも関わらず、患者は全員が一様に歩行で楽になったことを喜んでいる。これは重要な患者中心アウトカムの改善である。
文献
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第2章 ADPKD発症進展の分子構造
順天堂大学大学院泌尿器科外科学教授 堀江重郎
1. ADPKDの遺伝子異常
ADPKDは 主にPKD1(染色体16p13.3)、またが PKD2(染色体4q22.1)の遺伝子異常により起こります。遺伝子異常によりPKD1、 PKD2がそれぞれコードするポリシスチン蛋白である、PC 1あるいは PC 2の細胞内蛋白量の減少が、嚢胞形成を起こします。PC 1と PC 2は主に細胞の繊毛(cilia)でヘテロダイマーを形成します。 PC 2は陽イオンのチャネルであり TRP ファミリーに属しています。 一方 PC 1の機能あるいはPC 1, PC 2複合体の機能についてはまだよくわかっていません。

ADPKDでは、PKD1遺伝子異常が約80%に PKD2遺伝子異常が約15% の患者にみられますが、残りの患者については PKD1, PKD2には遺伝子異常が見られません。次世代シークエンサーNGSにより、遺伝子変異の検出頻度が上がりましたが、PKD1のエクソン1はGC配列が多く、シークエンスが難しいことが一つと考えられます。また、腎嚢胞形成に関与する遺伝子は100程度あり、これらの遺伝子の複合的な遺伝子異常も、ADPKD に似た表現型を持つ ADPKD-like の病態を呈します[1] 。このような症例ではPKD関連遺伝子の転写因子であるhepatocyte nuclear factor 1β (HNF1B)、neutral α- glucosidase AB (GANAB)、DNAJB11などの遺伝子異常が見られます。また 多発性嚢胞肝と関係する 遺伝子である SEC63(小胞体内の蛋白をコードする)、 PRKCSH、 LRP5、ALG8、 SEC61Bなどの遺伝子異常もADPKDに似た病態を示すことが報告されています。またuromodulin (UMOD), mucin 1 (MUC1), renin (REN)、SEC61A などの遺伝子は、常染色体優性遺伝性尿細管間質性腎疾患 (ADTKD) の原因遺伝子ですが、ADTKDはADPKDに間違えられることがあります。PKD1は結節性硬化症の原因遺伝子であるTSC2の隣にあるため、この2つの遺伝子を含む遺伝子の欠失が起こると、結節性硬化症とADPKDを共に発症することがあります[2]。

PC1は、4,303個のアミノ酸よりなる、11膜貫通型の大きな分子です。N末端は細胞外にあり非常に長く、C末端は200個のアミノ酸よりなる短い領域ですが、ここでPC1とPC2分子が協同して細胞内カルシウム濃度の制御にかかわっています[3]。
ADPKDの患者は 生殖細胞系列において PKD1または PKD2の異常が見られますが、嚢胞の発生には、残った野生型の遺伝子にも異常が起こることが必要と考えられています。結果として細胞内のPC 1あるいは PC 2の蛋白量の低下が嚢胞形成に関係すると考えられています。また別の遺伝子異常や急性腎障害 (AKI) などの病態もADPKDの進行に関与している可能性があります[4] 。PKD1またはPKD2の2つのアレルを共に欠損した場合は胎生致死になります。しかしPKD1, PKD2のともに一つのアレルに遺伝子異常がある場合は、胎生致死でなく出生後も生存し、重篤例になります。またPKDに別の嚢胞関連遺伝子の遺伝子異常を伴っている場合も若年発症をすることがあります。従って、小児発症のADPKDではPKDだけでなくゲノム全体の遺伝子解析が必要です[5]。
少なくとも多発性嚢胞腎の患者の5~15%は家族歴が見られない、孤発例です。このことは新たな遺伝子異常が発生していることを示します。また家族内での表現型の違いは 細胞の中に遺伝子異常がある細胞とない細胞が混在するモザイク現象が関係すると考えられます[6]。
2. 嚢胞形成の分子機序
嚢胞は液体を含み、腎臓の尿細管上皮から外方に突出します。嚢胞はネフロン全体の1%程度に発生し、 PC 1と PC 2蛋白の細胞内濃度が低下した時に発症します。PC 1、 PC 2は 細胞膜の管腔側および側底側、繊毛、adherens junctions(接着結合), デスモソーム、などに局在しています[7]。 さらに PC 2は 小胞体に局在し小胞体からのカルシウム輸送に関係します。PC1、PC2はサイクリック AMP、mTOR, WNT, VEGF, Hippoなどの活性制御や情報伝達にかかわっています。嚢胞上皮細胞では細胞の増殖異常、液体の分泌、そして過剰な細胞外基質の沈着が主な病理学的な特徴です。細胞レベルでは嚢胞上皮細胞では、細胞の極性、あるいは細胞の集合体の平面内細胞極性 (planar cell polarity: PCP) の異常、 細胞外基質の増加と細胞内代謝の異常、液体分泌、細胞増殖、アポトーシス、細胞接着、細胞分化の異常が起こります。細胞内カルシウム濃度の減少、サイクリックAMPの増加、RAS-RAF-ERKの酵素活性の上昇が 嚢胞細胞の増殖の重要なメディエーターになっています。

EGFR の発現増加や蛋白の 局在異常、 TGFαなどの細胞成長因子 の増加、さらに mTOR, PI3K–AKT, AMPK, STAT1, 3, 6), NFAT, NF-κB)などの細胞内情報伝達系の異常も見られます。嚢胞は近傍のネフロンの正常細胞に障害を与えアポトーシスを起こしその結果嚢胞が大きくなっていきます[8]。
ポリシスチン複合体は腎臓の上皮細胞の増殖を制御していると考えられます。PC1, PC2は、細胞接着、細胞骨格の ダイナミズムを制御しており、嚢胞上皮では細胞と細胞外基質の相互作用の変化に加えて、細胞と細胞接着にも異常が見られます。またADPKDでは細胞の極性と、TCP の異常が見られることから、PC1, PC2は腎臓の上皮細胞の分化を維持するのに重要と考えられています。ADPKDでは初期から細胞外基質の増加と、炎症細胞、特にマクロファージの浸潤が見られます。PKD1とβ1 integrinをコードするItgb1を同時に欠損させた動物モデルでは、Pkd1欠損による嚢胞形成が抑制されます。したがって PC 1は細胞外基質とインテグリンの間のクロストークを抑えていると考えられます [9] 。またPC 1は細胞骨格のアダプタータンパクであるビンクリンやパキシリンとも 相互作用があります。
またADPKDでは細胞周囲の血管やリンパ管にも異常な構築が見られます。嚢胞は大きくなると元の尿細管とは 離れて拡張していきます。 腎実質は嚢胞により圧迫され、糸球体と尿細管のつながりは失われて、尿細管はアポトーシスに陥ります。またこの過程でケモカイン、サイトカインや細胞成長因子が間質の線維化細胞や炎症細胞に作用します。サイトカインに媒介される、尿細管上皮と炎症細胞の異常な相互作用が、より炎症を強め腎実質の線維化を起こし、新たな嚢胞の形成と疾患の進行に繋がります。炎症は疾患の初期から起こりますが、 Pkd1ノックアウトマウスでマクロファージを除去すると腎嚢胞の表現型が軽減し、腎機能が改善します[10]。このため MIF(Macrophage migration inhibitory factor)が炎症を起こすサイトカインとして重要と考えられています。
3. ADPKDの腎外症状の分子機序
ADPKDは腎のみならず全身的な疾患であり、肝嚢胞や心血管の異常が見られます。多発性嚢胞肝は肝実質に多くの胆管上皮由来の嚢胞が形成されます。
ADPKD患者では心血管系の合併症(高血圧、左室肥大、大動脈瘤、心臓弁膜症、頭蓋内動脈瘤など)も起こります。これらの心血管系の病変は血管内皮細胞、血管平滑筋細胞におけるPC1, PC2蛋白量の減少に関係します。このことから、ポリシスチンは、血管系におけるメカノセンサーとして重要な役割を果たしていると言えます。血管内皮細胞では、ポリシスチンは流体によるずれストレス応答に関与し、カルシウム情報伝達と、一酸化窒素NOの放出を制御します。血管平滑筋においては、血管内圧を感受し、ストレッチにより活性化する陽イオンチャネルと筋細胞の収縮の制御に働きます。大動脈瘤はポリシスチンの減少により圧感受性に異常が起こって発症すると考えられます。
まとめ
ADPKDはPKD1またはPKD2の遺伝子異常により発症します 少数例では嚢胞関連遺伝子の複合的な異常でも起こります。PC1, PC2は細胞内の代謝に関与し、PKD遺伝子異常は尿細管細胞の極性や細胞内情報伝達に異常を起こし、結果として脱分化が起こり、異常増殖する、嚢胞上皮細胞となります。PC1, PC2は流体によるずれストレス応答に関与し、動脈瘤などの心血管合併症も高頻度に起こします。
文献
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9. Lee, K., Boctor, S., Barisoni, L. M. C. & Gusella, G. L. Inactivation of integrin- beta1 prevents the development of polycystic kidney disease after the loss of polycystin-1. J. Am. Soc. Nephrol. 26, 888–895 (2015).
10. Karihaloo, A. et al. Macrophages promote cyst growth in polycystic kidney disease. J. Am. Soc. Nephrol. 22, 1809–1814 (2011).
第3章 ADPKDに伴う多臓器障害
板橋中央総合病院腎臓内科 塚本雄介(腎臓ネット代表)

文献
1. Ho TA, Godefroid N, Gruzon D, Haymann JP, Marechal C, Wang X, et al. Autosomal dominant polycystic kidney disease is associated with central and nephrogenic defects in osmoregulation. Kidney Int. 2012;82(10):1121-9.
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12. 日本腎臓学会編:エビデンスに基づく多発性嚢胞腎診療ガイドライン2014
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第4章 利尿薬としてのV2受容体選択的アンタゴニストの臨床
トルバプタン(サムスカ®)はバソプレッシン V2受容体選択的アンタゴニストで2010年以降「その他の利尿薬が効果的でない体液貯留を伴う心不全と肝硬変」に経口利尿薬として使用されるようになり(3.75 mg〜15 mg/日)、2014年からは利尿薬としての適応に加えではなく常染色体優勢遺伝多発性嚢胞腎ADPKDの進行抑制を適応として投与が開始されている(60mg〜120 mg/ 日)。



1) トルバプタンの作用機序(Fig. 1)
集合管主細胞の血液側惻底細胞膜 にあるバソプレシンV2受容体の選択的拮抗薬であり水チャネル(aquaporin-2)の細胞膜への誘導を阻害して水再吸収を選択的に抑制する。他の利尿薬と異なり、水を選択的に排泄促進し、電解質の尿中喪失が少ない点が特徴である。丁度、尿崩症と同じ状態を作り出す薬剤である。
血液浸透圧が増加すると視床下部の浸透圧受容体を介して下垂体後葉からバソプレシン(抗利尿ホルモン)が分泌される。バソプレシンは集合尿細管の主細胞の血液側細胞膜に存在するV2受容体に結合し、adenylate cyclaseを刺激してcyclic AMP(cAMP)の産生を増加させる。cAMPはprotein kinase A(PKA)を賦活化し、PKAはaquaporin-2をリン酸化する。aquaporin-2はリン酸化されて初めて活性化して細胞膜へ運ばれ水再吸収が行われることになる。すなわち、トルバプタンの主要な薬理的作用は利尿薬である。
ADPKDでは尿管腔にあるciliaという微絨毛に存在するpolycyctin-1(PC1)とpolycystin-2(PC2)という膜貫通型蛋白による複合体の遺伝子異常症である。PC2はCa2+を細胞内に取り込むチャネルの役割を有している。このためADPKDでは細胞内Ca2+濃度の調節に異常を来し、細胞増殖に対し有効なアポトーシスによる制御に支障をきたすことが嚢胞形成を起こす一つの機序と考えられている。一方、cAMPによるPKA賦活化はRAS-RAF-ERK系を介する経路と介しない経路で細胞増殖を促進する。このことから、V2受容体の抑制がcAMP産生を抑制することでPKAを介した細胞増殖を抑え、嚢胞形成を抑制すると考えられる。トルバプタンがADPKD進展抑制を目的として使用される所以である[1]。
2) 利尿薬としての投与法
(ア) 急性心不全における体液貯留における利尿薬の投与
急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)では、収縮機能障害による左室駆出率(left ventricular ejection fraction; LVEF)が低下した 心不全 (HFrEF)とLVEFの保たれた心不全(HFpEF)の両者において、「うっ血に基づく労作時呼吸困難、浮腫などの症状を軽減するのに最も有効な薬剤」として利尿薬を推奨している。EFの低下した心不全(HFrEF)では、ループ利尿薬が第一選択薬で、「ループ利尿薬単独で十分な利尿が得られない場合にサイアザイド系利尿薬との併用を試みてもよい」と推奨している(推奨クラスI)[2]。
このループ利尿薬の問題は低K血症と低Na血症にあり、往々にしてGFRを低下させ、観察研究では生命予後悪化につながるという後ろ向き解析結果がある。このため、ループ利尿薬に加えてトルバプタンを投与することが推奨された(推奨クラスIIa)。このトルバプタンの急性心不全に対する効果を比較した最初の大規模RCTである欧米で行われたEVEREST研究ではうっ血症状を改善するものの、数年間に及ぶ長期予後に関しては有意差を持たなかった[3]。ただし、欧米での心不全による死亡率は高く、数年に及ぶ試験経過の中で著しく脱落率が多いことがこの試験の解析を難しくした。一方、その後本邦で行われたいくつかのRCTではGFRをループ利尿薬に比較して低下させない、入院中死亡率や再入院率の低下などのポジティブな結果が得られており、臨床では実際に多用されるようになっている[4, 5, 6]。
(イ) 肝硬変における体液貯留における利尿薬の投与
肝硬変診療ガイドライン2015に掲載された腹水治療フローチャートでは、少〜中等量腹水に対してはスピロノラクトン25〜100mg単独またはフロセミド20〜80mg内服との併用を推奨している。その不応例には入院の上で、さらにトルバプタン3.75〜7.5mgの併用を推奨している。ステートメントとしては「ループ利尿薬、抗アルドステロン薬との併用条件下で、低ナトリウム血症、腹水の改善に有効であるため、適応を慎重に選んで投与することを推奨する(推奨の強さ1、エビデンスレベルA)」としている[7]。
(ウ) トルバプタンの投与法
添付文書に極めて詳細かつ具体的に記されているのでこれに従って投与することが重要である。以下に心不全と肝硬変における投与法を比較列挙する。

3) 実臨床からの添付文書への補足
(ア) 低Na血症を伴う体液過剰に効果的。
何と言ってもループ利尿薬ではむしろ増悪させてしまう希釈性低Na血症を合併している体液貯留に有効な点である。血清Na濃度が正常化した場合は、口渇を適切に感じ自由水を自由に経口摂取できるならば飲水を許可することで高Na血症を予防できるが、そうでない場合は適切に自由水を補給することが必須になる。また心不全や肝硬変では希釈性低ナトリウム血症であり、Na自身の貯留はあることから投与にあたっては他の利尿薬との併用が推奨されている。ただしRAA系阻害薬との併用は高カリウム血症をきたしやすくするので注意する。
(イ) GFR抑制低下 が見られない。
多くの肯定的なRCTはもっとも本邦から発表されている。投与量が」15mg/日までであれば、フロセミドがGFRを低下させるのに対し、トルバプタンではGFR抑制低下は見られず、レニンーアンジオテンシン系の賦活化も起きない。[4]
(ウ) 急激な血清Na濃度上昇と肝障害に注意!
このため、どの適応においても開始時は入院下で投与することが義務付けられており、急激な利尿とそのための高Na血症は意識障害や橋中心髄鞘崩壊症を引き起こす危険があるので急速な血清Na濃度の上昇に十分注意する。特に高張食塩水との併用は危険である。また、ADPKDへの大量投与では重篤な肝機能障害の発症例があるので肝機能チェックによる全例報告が義務付けられている。患者には自由に飲水にアクセスできるようにしておかないと、重篤な高Na血症の原因になる。
(エ) 薬物動態は?
トルバプタンの生体利用率は40-50%でほとんどが蛋白結合し、肝臓でCYP3A4により代謝されるので併用薬に注意する。血中半減期は6-8時間 で、最大利尿までの時間は2時間である。しかしながら、投与初日ではなく2日目から急激に利尿が開始された例を私たちは経験しており、投与初日だけでなくその後数日間は十分な監視が必要である。口渇を正確に感じて自由に飲水できる環境であれば問題はない。
(オ) 血清K、Ca、Mg濃度に大きな変化をもたらさない!
他の利尿薬に見られるように自由水が減少することで変化を受けるNa+, Cl-以外の電解質濃度に大きな変化をもたらさず、酸の排泄も促進しないので代謝性アルカローシスも防ぐことができる。低K血症は心筋の収縮能を低下させたり、腎におけるアンモニア産生を増加させたりすることにより心不全や肝硬変にとって極めて好ましくない副作用であり、この点でのトルバプタンの有用性は高い。ただしRAA系阻害薬との併用は高カリウム血症をきたすことがあるので注意する。
(カ) 血管拡張を伴わない!
トルバプタンはV2受容体選択的なので血管拡張による低血圧は起こさない。この点がカルペリチドとの違いである。もちろん、過剰な利尿による体液減少は低血圧を引き起こす。
4) トルバプタンに不応な場合
(ア) 低Na血症の15%でトルバプタンへの反応が悪いことが報告されている。その理由として考えられるのは、
① バソプレシンに非依存性な部分のネフロンにおいて尿希釈が行われているような病態で、重度の心不全や肝不全で見られる。
② 重症の低浸透圧血症ではADH濃度が高いことがあり、相対的にトルバプタンの投与量が少なくない可能性がある。
③ 過剰な水摂取により低Na血症が持続している場合。
④ 粉砕して経管で投与すると効果が減弱する。
⑤ 作用亢進性V2R遺伝子異常のNephrogenic Syndrome of Inappropriate Antidiuresis (NSIAD)と呼ばれる稀な病態が存在する。
(イ) 反応を決定する因子
① 心不全の場合、入院後3日以内の早期の開始が、トルバプタンの反応性(50%以上の尿量増加)、早期の心臓リハビリテーション開始、入院期間の短縮、入院中死亡リスクの低下につながることが報告されている[5] 。
② メタ解析の結果、腎機能の維持を特に優先する場合3.75-7.5mgという少量からの開始が推奨される。また併用するフロセミドの投与量が多いほど、血清Cr値の増加量が多いという解析結果がある[8]。
③ 80歳以上の高齢者とそれ以下ではSMILE研究のサブ解析では反応性に差がなかった。ただし、口渇の鈍麻が見られる場合が多いので、3.75mgからの開始が良いと思われる[6]。
④ 反応不良患者の特徴としては基礎値の尿浸透圧が反応良好患者より低く、平均値が等浸透圧付近にある。すでに濃縮能の障害もしくはバソプレシンの反応性が低下していることが考えられる。
⑤ 心不全において駆出率が低い場合でも維持されている場合でもトルバプタンは効果的と報告されている一方、IVCが拡張し右心系の拡張が見られるとより効果的とも報告されている[9]。
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